入院することになってしまったときは

一度の診療、そして何らかの処置や処方だけでその怪我や病気が回復するのであればいいのですが、病気によってはそのように簡単にはいかないこともあります。

そのようなときは長きに渡って治療を続けることになるのですが、そのときに在宅で通いながら治療するのか、それとも入院するのかでその後の闘病生活が変わってくるのです。基本的に入院するときのほうが状態は深刻であると考えてもいいでしょう。在宅では常時容態をモニターすることはできないのですが、入院すれば常に容態を医師がモニターできるのです。病院に寝泊まりして治療するということは安心できるように思えて心理的には負担になることです。馴れた生活から離れ、見知らぬ場所で治療を行わなければいけないからです。

そのような時、家族がいれば家族の支えを得てどうにか寂しさと不安に打ち克つことができるかもしれません。ですがひとり暮らしの場合などは長く空けることになる自宅のことが心配になったり、身の回りのものを持ち出せなかったり、なにかと不便になってしまうでしょう。そのような時はやはり信頼できる誰かに自宅のことを頼むことが必要になるかもしれません。頼れる人がいないということであれば、そのまま入院せざるを得ません。ただ、病気治療の身の上に生活のことまで不安になってしまうと心理的には穏やかでいられなくなってしまうでしょう。

「入院」は必要だから行うものです。意味なく入院させるような病院、医師はいません。さらに、すべての入院が長期に渡るとは限りません。手術前後の数日だけだとか、検査のためだとか、限られた期間の入院もあります。ただ、やはりそれには「入院する理由」があるわけで、健康であれば入院などはしなくてもいいはずではあるのです。

病気の治療には「意志」が必要であることも多いです。気の持ちようということです。自分の身体はおかしいのではないか、健康を損ねているのではないか、もしかしたら命に害があるようなことがあるのではないかと疑ったままでは、心理的な負担になります。ストレスになります。そのような状態は健全であるとはいえず、モヤモヤした気持ちと身体のどこかにある異変の元によってさらに衰弱してしまうことでしょう。

身体を壊したら治療するしかないのです。そして、そのために入院が必要であれば入院するしかないのです。それが不安なことであっても、乗り越えれば健康な身体と元通りの生活を取り戻せるのです。そのように考えれば、不安な入院生活も乗り越えられるのではないでしょうか。ただ病院が嫌い、入院が不安ということだけが頭のなかにあると、健全な精神状態を保てなくなってしまいます。治療の先には希望があるということを念頭に置けば、不安などはなくなるのではないでしょうか。

大切なことは「健康を取り戻す」ということです。大切なことは病気を、怪我を、根治させるということです。医師や病院はそれを全力で実践してくれる存在です。信頼できる存在です。自分の健康のため、その先の生活のために、尽力してくれる機関なのです。ですから臆することはありません。辛い闘病の先には明るい生活があるはずです。そのために、不安と戦うのです。

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